AI支援で開発は速くなったのか?開発者体験可視化の新時代、Atlassianの「DX」について
2026年09月17日
濵田 翔(プロダクト&サービス開発部) hamada.sho
「AIコーディング支援を導入したけど、開発速度は上がったのか?」
本記事は、そう感じている人にこそ読んでほしい内容です。この問いに数値・データで答えるための基盤が、アプリ「DX(ディーエックス)」です。日本で DXというとデジタルトランスフォーメーションを連想されがちですが、この DXは違います。Atlassian社は「DX」という名称の生産性可視化ツールを買収したのです。そして、Atlassianの開発者向けアプリコレクションに加えました。既存の Atlassianツール「Compass」を DXに統合し、開発者向けアプリコレクション「Software Collection」内のツールとして提供していきます。
この記事では、DXが Atlassianに加わった背景と、既存の Compassユーザーは何をすべきかを整理します。
この記事のポイント
- 製品名「DX」は、開発者の生産性と体験(Developer Experience)を計測する「エンジニアリングインテリジェンスプラットフォーム」。Atlassianが約10億ドルで買収したDX社が提供する製品です。
- 2026年4月、Compassの中核機能(カタログ・スコアカード)をDXの一機能として統合する方針が発表され、Compassは2026年5月13日に新規販売を終了しました。
- 既存のCompassユーザーは、移行スケジュールと、移行されない機能を事前に把握しておく必要があります。
概要 -- DX社の買収
DXは、開発者の生産性と体験を計測する「エンジニアリングインテリジェンスプラットフォーム(Engineering Intelligence Platform)」です。Atlassianは2025年9月18日、DX社を約10億ドル(現金と譲渡制限付株式の組み合わせ)で買収すると発表し、同年11月10日に買収を完了しました。買収額はLoom(約9.75億ドル)と並ぶ、Atlassianにとって大きな投資案件です。
DX社は、買収時点で Dropbox(クラウドストレージ)、キャッシュレス決済 Block(日本では"Square"で知られるサービス)、Pinterest(画像コレクションサイト)、ファイザー(製薬大手)、Xero(クラウド会計)、BNY(金融)など、350社を超えるエンタープライズ企業に採用されていました。注目すべきは、その顧客の多くが、すでに Atlassian製品のユーザーだったという点です。両社の顧客基盤は最初から重なっていました。
2社の買収統合は、Atlassian社・DX社双方にメリットがあります。Atlassianは、SDLC全体を横断する計測能力を手に入れます。DX社は、多数の Atlassian顧客へのリーチを得ると同時に、Jira・Bitbucket・Pipelinesのデータと連携することで「計測→課題の特定→改善」のループを一気通貫で回せるようになります。
そして2026年4月13日、Atlassianは「The Next Chapter for Compass」を発表し、Compassの中核機能を「DX Fabric」としてDXプラットフォーム上に統合する方針を明らかにしました。DX社自身も同年5月6日、Fabricを正式に発表しています。
(出典:Atlassian + DX 発表/Introducing Fabric(DX公式)/Loom買収額は BusinessWire)
Compassの目的・意義
Compassは、Atlassianが開発し、2023年に一般公開された IDP(Internal Developer Portal:社内開発者ポータル)です。マイクロサービス(機能ごとに小さく分割して開発・運用するアーキテクチャ)が広がると、「自社が何のサービスを持っていて、どれを誰が所有し、それぞれがどの程度健全なのか」が見えにくくなります。Compassはこの課題に対し、コンポーネントカタログ(サービスの一覧と所有者の台帳)、ヘルススコアカード(健全性の採点表)、ソフトウェアテンプレート(新規サービスの雛形)といった機能を提供してきました。
このカテゴリには競合も多く、代表的なのは Spotifyが開発した OSSの Backstageで、ほかに CortexやPortといった製品があります。
Compassと DXの統合 -- なぜ Compassだけでは足りなかったのか
Compassが提供していたのは、いわば組織の地図です。どこに何があり、誰が持っているかを示す静的なカタログです。地図は、サービスが増えて見通しが悪くなった組織にとって価値があります。しかし地図そのものは、「その状態が良いのか悪いのか」「どこを改善すべきか」までは答えてくれません。
一方、AIコーディング時代に入り、開発組織が抱える問いは変わってきました。「開発は AIを導入して、実際に速くなったのか」「どの工程がボトルネックなのか」「投資した結果、開発者体験は改善したのか」。これらは静的なカタログでは答えられない、計測と分析を必要とする問いです。
DXは、まさにこの「計測する力」を持つプラットフォームでした。Atlassianは、Compassの「可視化する力」と DXの「計測する力」を一つに束ねることで、地図を眺めるだけでなく、地図の上で改善を回す基盤を目指しています。
統合後の DXプラットフォームは、基盤層と分析層で捉えると分かりやすくなります。
- 基盤層(DX Fabric):Compassの後継にあたるものです。
ソフトウェアカタログとスコアカードを中核に、コンポーネントデータを柔軟に取り込めるデータレイクの上に構築されます。単なる台帳にとどまらず、AIエージェントにアーキテクチャのコンテキストを提供し、スコアカードのシグナルをトリガーに改善ワークフロー(信頼性問題に対処するPRの自動起票など)を駆動する、次世代 IDPの基盤として設計されています。Terraformプロバイダーによる Config-as-Code管理に対応し、Bitbucket・GitHubからのリポジトリ自動インポートと継続的ディスカバリー(新規追加リポジトリの自動検出)を備えます。 - 分析層:基盤層の上で、2種類のデータを扱います。
ひとつは開発者への調査(サーベイ)に基づく自己申告データで、後述の DXIなどの開発者体験指標がこれにあたります。(定期的に開発者に対してアンケートを行います)
もうひとつは Jira・Gitなどのシステムから集める定量データ(サイクルタイム、変更失敗率など)で、DXのデータレイク(Data Cloud)が集約します。AIインパクトの計測は、この両者を組み合わせて行います。
(出典:The Next Chapter for Compass/Introducing Fabric(DX公式)/DX Platform Overview)

DXプラットフォームの2層構成 ―「可視化する力」と「計測する力」
製品「DX」の中身と強み
DXI スコア-- 開発者体験を数値化する
ひとつめの柱が DXI(Developer Experience Index)です。これは開発者体験を数値化する複合スコアで、エンジニアリング効率に関わる14の要素(標準化されたサーベイ)から算出されます。
測定する観点は、コード品質、集中している時間(ディープワーク)、ローカルでの反復速度、リリースプロセス、変更を加える際の自信など、いずれもマネージャーや組織のレベルで実際に改善できる項目に絞られています。
DXの調査では「DXIスコアが1ポイント改善するごとに、開発者1人あたり週に約13分(年間約10時間)の時間節約に相当する」という試算が示されています。また、DXIスコアが上位四分位のチームは、下位四分位のチームに比べて開発の速度と品質が4〜5倍に達するという分析もあります。体験という曖昧になりがちな対象を、投資判断に使える数字へ変換する点が、DXIの特徴です。
(出典:Developer Experience Index(DX公式リサーチ))

DXI(Developer Experience Index)の構造
DX Core 4 -- 生産性を4軸で捉えるフレームワーク
ふたつめの柱が DX Core 4です。これは開発生産性を Speed(速さ)、Effectiveness(効果)、Quality(品質)、Impact(事業への影響)の4軸で捉えるフレームワークで、DevEx研究を行っている Abi Noda(CEO)と Laura Tacho(元CTO)らが中心となり、それまで別々に語られてきた DORA・SPACE・DevExという3つの代表的な枠組みを統合したものです(DORAの提唱者である Nicole Forsgren氏らも協力しています)。
各軸には代表的な指標が定義されており、たとえば Speedはエンジニアあたりの差分数(diffs per engineer)、Qualityは DORA由来の変更失敗率(change failure rate)、Impactは新規価値の創出に費やされた時間の割合(innovation ratio)で測ります。先述の DXIは、このうち Effectivenessを測る指標として位置づけられます。Impact(事業への影響)を正面から扱う点と、個人ではなくチームレベルでの計測を原則とする点が、他のフレームワークとの違いとされています。DX社によれば、DX Core 4はすでに500社を超える企業で導入されています。
(出典:Measuring developer productivity with the DX Core 4(DX公式リサーチ) / https://getdx.com/research/benchmarks/ )
データを届ける仕組み -- PulseとDX AI
DXには、計測した数値を「見に行く」のではなく「届ける」仕組みが備わっています。いずれも2026年4月に一般提供が始まりました。
Pulseは、チームの主要メトリクスやシグナルを週次で1本のアラートにまとめ、Slack・Microsoft Teams・Webexなどへ自動配信する、現場マネージャー向けの通知機能です。配信する指標・対象チーム・曜日や時刻は選択できます。
DX AIは、プラットフォームに組み込まれたAIアシスタントで、「先月デプロイ頻度が落ちたのはなぜか」といった自然言語の質問に対し、蓄積データの分析・要約と改善提案を返します。ダッシュボードを開かずにデータを参照でき、気になった数字はその場で掘り下げられます。「計測して終わり」にしないための設計です。
(出典:Introducing Pulse(DX公式)/Introducing the new DX AI(DX公式))
AIインパクトの計測
さらにDXは、AIインパクトの計測にも対応します。Copilotや Rovo Devといった AI支援が、サイクルタイムや品質、開発者体験にどう影響したかを可視化します。2026年4月に一般提供が始まった「AI Code Insights」は、翌月の Team '26でも DXの中核機能として紹介されました。AIが生成したコードをコミット単位で識別し、エージェントの利用実態(Agent Experience)や AI投資の金額換算(AI dollar impact)まで踏み込んで可視化します。
この機能が必要とされる背景には、DX社自身の問題意識があります。DX社の調査によれば、先進的な組織でも AIツールの実利用率は6割程度にとどまっています。さらに、開発者の時間のうちコーディングそのものに充てられるのは一部にすぎず、要件の明確化・会議・コードレビュー・情報収集などが大半を占めます。つまり、コード生成を AI化するだけでは開発全体は速くならない。だからこそ、SDLC全体を対象に「AI投資がどこで効いているか」を計測する物差しが必要になる、という論立てです。
この文脈で、DX社Deputy CTOの Justin Reock氏は Team '26で「AI Readiness(AI準備性)」の考え方を提唱しました。Reock氏は「人間にとって良いものは、AIエージェントや LLMにとっても良い」と述べています。明確で正確なドキュメント、関係性が直感的なデータ構造、保守しやすい標準化されたコード、高速で信頼できるCIと堅牢なテスト。これらは結局のところ、もともと「よい開発者体験」と呼ばれてきたものに他なりません。つまり DXが計測する「開発者体験の整備度」は、AI投資を本当に効かせるための土台の可視化でもある、という考え方です。
こうした計測領域そのものへの評価も進んでいます。2026年5月には、Gartnerが初めて公開した「Magic Quadrant for Developer Productivity Insight Platforms」で、Atlassian(DX)がリーダーに位置づけられました。開発者生産性の計測が、独立した製品カテゴリとして認知され始めたことを示す動きです。
(出典:Introducing AI Code Insights(DX公式)/Measuring AI code assistants and agents(DX公式))
「DX」が向く組織・向かない組織
DXの利用者は、立場によって関心が異なります。CTOや VPoEにとっては、開発組織全体の生産性を、感覚ではなくデータで経営に説明できる手段になります。とりわけ AI投資の効果を問われる場面で、計測の裏付けは有効です。エンジニアリングディレクターにとっては、複数チームの状態を横並びで比較し、どこに課題が集中しているかを把握できます。EM(エンジニアリングマネージャー)や PMにとっては、自チームのボトルネック(集中時間の不足、リリースプロセスの摩擦など)を具体的に特定する材料になります。そして開発者本人にとっては、調査への回答を通じて、日々感じている摩擦を組織に伝えるチャネルになりえます。
とはいえ、DXは万能ではありません。規模・エコシステム・業務特性の3つの軸で、向き不向きが分かれます。
- 規模の軸:DXの価値は、計測して初めて見える課題があることを前提とします。5〜10名程度の単一プロダクトチームでは、計測する前にやるべきことが見えている段階のことが多く、計測基盤は過剰になりがちです。DXが効くのは、複数チーム・複数サービスを抱え、全体像が個人の把握を超えた規模からです。
- エコシステムの軸:すでに別のツールチェーンで計測を回しており、運用が安定している組織なら、DXへの乗り換えコストが効果を上回ることがあります。逆に、Atlassian製品で SDLCを構成している組織は、計測基盤を同じ土俵に乗せやすくなります。
- 業務特性の軸:ソフトウェア開発が中心業務でない組織では、開発者体験の計測そのものの優先度が高くありません。この場合はDXより、Teamwork Collectionを起点に全社の働き方を整える方が先になります。
一言でまとめると、DXは「ある程度の規模の開発組織が、Atlassian基盤の上で開発者体験をデータで改善したいとき」に最も効きます。
Compass導入済みの組織はどうすればいいか
現在 Compassを使っている組織は、移行のスケジュールと選択肢を事前に把握しておきましょう。
新規顧客への提供は 2026年5月13日に終了しています。既存ユーザーのアクセスは、契約満了時、または 2027年12月31日に予定されているサポート終了のいずれか早いほうで失効します。
移行先は用途によって分かれます。カタログ・スコアカードといった IDP機能は、メインの移行先である DX Fabricへ引き継がれます。移行は、Atlassianのアカウント担当または DXチームに連絡して移行日を設定するところから始まります。Compassのコンポーネントを取り込む一度きりの移行同期と、Atlassianのチーム情報を日次で取り込むコネクタが用意されており、移行後は1か月間、CompassとDXの両方にアクセスできる併用期間が設けられます。
ただし、移行時に注意すべき点がいくつかあります。
- スコアカードは自動移行されません:DX上での再作成が必要です。
- Jiraからの双方向連携は未対応(片方向のみ):DXのエンティティ(サービス等)から Jiraのワークアイテムへのリンクは可能ですが、Jiraのワークアイテム側から DXエンティティへ接続する機能は未サポートです。(2026年9月現在)
- アラート・オンコール等の運用機能は DXに含まれません:オンコール(障害対応の当番)・インシデント対応・アラートを目的に Compassを利用していたチームは、別ツール(Jira Service Management)への移行が必要です。
- チーム情報の同期に制約があります:DXでは1ユーザーが所属できるチームは1つのみで、各チームに Team Leadの設定が必須です。複数の Atlassian Teamsに所属しているユーザーは、移行時にいずれか 1チームへ割り当てられるため、移行後にチーム構成の確認が必要です。
(出典:Migrate from Compass to DX(Atlassian公式))

Compass から DX への移行ステップ
DXについてのお問い合わせはリックソフトへ
DXは、Atlassianが提供するアプリコレクション「Software Collection」の一製品です。Software Collectionに関心がある方、また Compassからの移行が必要な方は、リックソフトまでご相談ください。
まとめ
アプリ「DX」は、「開発者体験を計測する力」と、Compass由来の「ソフトウェアを可視化する力」を一つに束ねた、Atlassianの開発者基盤です。DXI・DX Core 4・AIインパクト計測といった指標は、開発者体験という曖昧な対象を、経営や改善に使える数字へと変換します。恩恵を受けやすいのは、一定規模を持ち、Atlassian基盤の上で開発を進める組織です。第1回で述べたとおり、DXはSoftware Collectionの「計測レイヤー」を担う製品であり、Bitbucket・Pipelinesが生み出す開発データを改善につなげる役割を持ちます。
リックソフトは、AtlassianのPlatinum Solution Partnerとして、Compassからの移行相談を含め、Software Collection導入のご検討をご支援しています。ご検討中の方はお気軽にお問い合わせください。
この記事の主な出典
濵田 翔(プロダクト&サービス開発部) hamada.sho
本情報はブログを公開した時点の情報となります。
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